「お前、オーバーステイだな。28日間もオーバーステイしてる。タイの法律だと21日間以上のオーバーステイは悪質とみなされて厳罰に処される。ここで待て」

茶色の制服を着たタイの国境職員がピクリとも表情を動かさずにぼくに言う。彼の目は氷のように冷たい。背が高くガッシリとした体格の国境職員が2人現れ、ぼくの肩と腰を抱えるように優しく抑える。やんわりとした連行だが2人には1ミリも隙はない。腰には大きめの自動拳銃。走って逃げようものなら警告の後に撃たれるかもしれない。

周りにいたバックパッカーや現地人からの視線が痛い。

 

連れて行かれた先に少し大きめのドアがある。(この奥で尋問が始まるんだな・・・)ぼくは決心した。
ドアが開くと大きめのデスクの向こうにはタイの国旗と肩にたくさんの肩章があるいかつい男がいる。室内なのにかけている真っ黒なサングラスとへの字に結ばれた口が、彼が今まで多くの不法滞在者を屠りさってきたことをぼくに想像させる。
彼のあだ名は【大佐】で決まりだ。

くぐって来たドアが「ズシン!」と大きな音を立てて閉められる。
(いまだ!ここで先制攻撃だ!)

 

ずっしゃぁぁぁぁっ!シュピーン!!ぷりっ!!!

「申し訳ござーーせんでした!完全に私の間違いです!逮捕はしないでください!そして罰金を減額もしくはなかったことにしてください!これは日本の侍がする最上級の謝罪と表敬のポーズです!DO GE ZA !! CHON MAGE !! HARA KIRIィィィィィィィィ !!

肩から指の先まではしっかりとまっすぐに伸ばし、背筋は市川海老蔵ばりにシュピーンと美しく、バッターボックスに入った元巨人軍のジョン・ボウカーのようにケツを突き出す。おでこは地面から3mmの位置をキープ。国境周辺には牛やら犬やらの糞がたくさんあるので、室内とはいえ地面におでこをつけるのは避けたい。

完璧に決まった。ぼくが3時間かけて練習したDO GE ZAの効果は抜群だ。DO GE ZAの姿勢を自撮りし、悩み抜いた末にたどりついたぼくのDO GE ZAは、いまや世界最高レベルのDO GE ZAへと昇華されていた。

大佐が大きなため息の後に小さく叫ぶ

「オーマイゴッ!なんて美しいDO GE ZA なんだ!インスタ映えする!」

パシャパシャ!(スマホ撮影する音)

DO GE ZAを初めて生で見る大佐はぼくの次の行動に期待して待っている。

(1分間だ。1分間この世界最高レベルのDO GE ZAを魅せた後に、もう一度ハッキリとこちらの意図を伝えるんだ)

静寂と冷蔵庫のように冷えた空気に包まれる中、ぼくの集中力は今までに無いほどのレベルに達している。

(いまだ!)

清流のようななめらかな動作で腰から頭の順に起き上がり、両手は指が向き合うようにしっかりと足の付け根へ。背筋はやはり海老蔵だ。しっかりと大佐のグラサンの奥にある目を見据えて言う。

「もう一度言います。完全に私のミスでオーバーステイしてしまいました。しかし悪意はありません。本当に勘違いなんです。逮捕はしないでください。私は猛烈に反省しています。できれば罰金の減額もしくはなかったことにしてください!」

ぼくを連行して来た大佐の部下2人が、ぼくのDO GE ZA of DO GE ZA に魅せられて涙を流し嗚咽していることにここで気付く。良い感触だ。

「グッジョブ。君のDO GE ZAから私は全てを理解した。行っていい。今回のことは全て不問にする!」

大佐のグラサンからもこぼれ落ちる涙。口はへの字のままだが、彼もまたサムライだった。

(この記事は前編からの続編です。まだ前編を読んでいない方はこちらかどうぞ)

タイーカンボジア国境へ出陣!不法滞在28日目

昨夜にバンコクからシェムリアップまでのバスチケットを購入した。500バーツ(約1700円)でエアコン付き、さらにシェムリアップまで直通で行けるなら買うしかない。ツアーオフィスの人にもオーバーステイしていることを話すが、「全然問題ない」とのこと。しかしタイ人の言うことはマイペンライ(大丈夫さナンクルナイサー的な)の精神とチケットを売って儲けたい本能が裏にあるため、迂闊には信用できない。朝7時45分にバスが滞在先のホテルまで迎えに来てくれるとのことだが、今までの感触から1時間は待つことを覚悟していた。

ホテルの前で荷物を抱えて待っていると彫刻のように完成されているが、作り物だとすぐにわかる胸元をさらけ出したトランスジェンダーな男性に声を掛けられる。

「あなたKOHKI?」

こういう場合、トランスジェンダーな男性が好きという人以外は無視した方が良い。どうせ彼ら(彼女たち)は下品な言葉や動作の後に「1時間1500バーツね」とか言ってくるのだ。でも自分の名前を呼ばれたことに少し驚き、「YES」と小声で答えてしまう。

「シェムリアップ行きのバスが向こうで待ってるわ、私について来て」

(そう来たか!遅刻云々ではなくそもそもホテルまで迎えにくるのがバスではなくトランスジェンダーな男性とは・・・)

ぼくは今までにない変化球に戸惑いながらも、彼の後を渋々追いかける。

「バスまでどのくらい歩くの?」

「10分」

張り倒してやろうかと思った。ただでさえ自分が不法滞在者だということで神経過敏になっているときに、ぼくが世界で一番時間の無駄だと思っている「移動のための歩行」に10分もかけるなんて。

「タクシーで行く。道案内してくれ」

彼にそう伝えると、「こっちの通りのタクシーは100バーツ、向こうは200バーツかかるからこっちのタクシーを使いましょう」なんて意外と優しい。トランスジェンダーな人たちはその人生の中で多くの痛みを経験しているので、実際に接してみると非常に心優しい人が多いのだ。本当はGRABを使った方が安いのだが、暑いし時間も惜しいので言われるがままにタクシーに乗りバス停へ。

 

Grab - Ride Hailing App

Grab - Ride Hailing App
開発元:Grab.com
無料
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バスは予定よりも1時間遅れて出発、乗客が少ないので後ろの座席に陣取る。強めのエアコンが気持ち良く、DO GE ZAの練習疲れもあったためにすぐに眠りに落ちる。(今回のように運がよければ後ろの座席は体を伸ばして眠れるのでおすすめ)

 

見た目はボロボロのバスでもまだ走る

 

バスが停車したので目が覚めた。2時間ほど眠っていたらしい、Googleマップで場所を確認するとバンコクと国境の中間くらいまで来ている。エアコンがよく効いているし、冒頭で紹介した夢を見たので気持ちもポジティブだ(どうやら昨夜イメージトレーニングを重ねた影響が出たらしい)。

15分のトイレ休憩を挟んですぐに出発。バスの中ではできることが限られるのでオーディオブックの「思考は現実化する」を2倍速で聴く。オーディオブックとは出版されている本をプロが朗読したもので、朗読のスピードを1.5倍とか2、3倍などに変えられる。普通に読めば5時間かかる本も半分の2.5時間やもっと速く聴き終える事ができる。本を手に持たなくても良いので通勤中や移動中に利用しやすいし、倍速にしていると早口の朗読を聴いて脳で処理するので頭の成長にも良いと思って重宝している。それに、自分で読むよりもプロの朗読者に囁かれるように本の内容を伝えられるとスッと入ってくる。
FeBeというアプリがすごく良いのだけど、アップデートして使い勝手が悪くなったらしい。ぼくはアップデートしてないのでまだFeBeを使い続けている。

 

 

国境手前の休憩所兼レストランで警察の団体に遭遇

タイのツアーバスは各所のレストランやおみやげ屋と契約しており、添乗員が乗客に商品の購入を勧めてくる。国境手前のレストランで休憩するらしく、バスが止まった後に添乗員が乗客に説明を始める。

「れでぃーす えん じぇんとるめーん!私たちはこれからここで1時間の食事休憩と合わせてカンボジア入国の書類を書きます」

長時間バスに揺られて来た乗客の表情は様々で、寝起き、疲労、旅への期待など入り混じっているが、バスを降りたぼくは一瞬ドキっとした。焦げ茶色の制服でゴツい拳銃をぶら下げた警察官が団体で食事をとっている。あとでわかったことだけど、不法滞在者は無事にイミグレーションまで辿り着けば問題ない事が多いのだが、途中で警察に捕まると非常に高い罰金を収めなければいけないこともあるらしい。入国管理局と警察では対応がまるっきり違うこともある。

だけどぼくは日本人だし、もちろん職質なんてされない。ドキッとはしたけどすぐに冷静になってレストランに入る。
添乗員が配る書類に必要事項を記入しながら警察が席を立つのを待つ。警察が行ったのを見てホッとしながら添乗員に不法滞在の状況を説明すると

「ビッグプロブレムだ!なぜ先にそれを言わない!もし警察がお前のビザをチェックして不法滞在がバレていたら、俺たちの会社が危なくなる!」

「でも昨日行ったイミグレの職員は問題ないって言ってたし、チケット販売会社の人にもちゃんと話しをしたよ」

「イミグレと警察では対応が全然違うんだ!そもそもお前がイミグレで連行されなかったのが幸運だし、さっき警察に声をかけられなかったのも幸運だ!チケット販売会社と俺たちは別の会社だ!お前は今すぐ銀行に行って罰金分の金を引き出してくる必要がある。それと、ボーダーでは俺についてこい。俺がタイとカンボジアのイミグレ職員に話をつけてやる!だが金がいくらか必要だ。」

「罰金分の金は持ってる。賄賂に支払う金は持ってない」

「ダメだ、カンボジアに行きたければカンボジア側のイミグレ職員に金を渡すしかない。1000バーツ必要だ」

カンボジアのイミグレでは、職員に賄賂を渡すとビザ発行の時間を早めてもらえるという理不尽な文化がいまでもある。特に日本人だと請求される事が多いようだ。もちろん不法滞在をしていなければ払うつもりはないけど今回は状況が違う。

「わかった、1000バーツな。ほらよ」

「あと無事にカンボジアに入国できたら俺にもチップをくれ」

タイ人にしつこく要求されるチップほどイラつくものはない。チップは要求するものではなく、客が自然とチップを渡したいと思えるサービスを提供した先にあるものだ。この辺の感覚がぼくたち現在の日本人とは決定的に違うなと思わされる。もしあなたが誰かに理不尽なチップを要求された場合は、できる限り見下した目で相手の目を見て鼻で笑ってやろう。(これは個人的な意見なので正しい行いかどうかはわからない)
彼らも彼らの時代を生きている。いつかぼくたちの現在の時代に追いつくはずだ。その時はぼくたちもさらに先を行っていたいね。

 

タイ国境に到着

レストランでの休憩を終えてタイの国境に到着、国境を中心に小さな町が発展している。

「れでぃーす えん じぇんとるめーん!タイのボーダーに到着しました。ここからはバスを降りて出国審査とカンボジアの入国審査に向かいます。貴重品を持ってバスから降りてください。おいニッポン!お前は俺についてこい」

すでに乗客全員がぼくは不法滞在者だということを知っている。レストランであんなに大きい声で怒られたらそりゃみんな気付くさ。

タイの出国審査室へ向かい、オーバーステイのレーンに並ぶ。オーバーステイしていたカンボジア人が20人くらい順番を待っている。

「ニッポン!こっちだ、来い」

なぜか優先的にぼくが呼ばれ、カンボジア人をごぼう抜きして待ちに待ったイミグレ職員との対面。茶色の制服に氷のように冷たい目。彼はぼくのパスポートをじっくりと観察している。どうやら他の国でもオーバーステイしていないか調べているようだ。一言も話さない。

(さあ来い!俺のイメージトレーニング通りだとここで別室に連行されるはずだ。想定問答は考えられる限り考えたし、準備は万端だ!大佐がいたらDO GE ZA of DO GE ZAを魅せてやる!)

しかし彼はまだ一言も発しない。

(どうした!?いつでもいいぞ!さあ別室に連行してくれ!!)

突然彼が電卓に入力してぼくの目の前に突きつける。表示されている数字は「28」。オーバーステイの日数だ。

「YES」ぼくは自信を持って答える。

続いて彼は28に500を掛けた。嫌な予感がする。目の前に突き出された電卓には「14000」の表示。

「YES」ぼくは自信無く答える。

失敗した。全然別室に連行される様子がないし、彼は一言も話さない。「なぜオーバーステイをしたんだ?」とも聞かない。一言も会話がないまま粛々と進行するなんて考えていなかった。想定外だ。

「いま払うの?」

ついにやってしまった。彼からの一言を待てずに、自分から払う方向へ持って行ってしまった。彼は一言も発さず、ただ頷く。無言の圧力ほど怖いものはない。諦めて14000バーツを差し出す。レシートをもらって指差された方向へ向かう。向かった先にはyoutubeを見ながら書類に何かを記入している女性。彼女も一言も発さない。差し出された書類にサインをして、彼女がさらに書類を作成するのを待つ。

彼女は書類を作成する手を止めて、スマホの画面をyoutubeからLINE tvに変更する。できるならこの仕事に就きたい。

最後に彼女が一言「サイン」と言って2カ所を指差す。ぼくのサムライスピリッツDO GE ZAを大佐に魅せることなくこれで終了。とても悲しい。

 

罰金のレシート

 

カンボジア国境を抜ける

タイの国境を抜けるとカジノがある。タイは法律でギャンブルが禁止されているので、カンボジアとの国境の間にあるグレーゾーンにカジノを建てるという強者がいるらしい。もちろんここでギャンブルをするのは違法ではないし、しっかりとしたホテルも併設されている。

カジノホテルの横にぼくたちが乗ってきたバスが停車していた。添乗員にここで待っていろと言われたので待つこと5分。

「ほら、カンボジアのビザだ。期限は7月28日まで。今度は間違うなよ!俺にチップをくれ!」

タイを出国してカンボジアのビザを手に入れたらお前にもう用はない。

「NO」

 

 

乗客全員がバスに乗り、3時間のドライブでシェムリアップを目指す。

シェムリアップに到着してカンボジアの地に降りると、砂ぼこりとカオサンロードにも劣らない喧騒が迎えてくれた。シェムリアップのトゥクトゥクの運転手はタイ人よりもしつこいし下品な言葉でぼくを引き留めようとする。猛烈な客引きをせずにサービスを改善することに時間を使った方が良いのだけど、彼らはまだそれを知らない。

タイ国境でのぼくの挑戦は見事に当てが外れて失敗したけど、今となってはどうでもいい。カンボジアに少し滞在して罰金で支払った分を稼ごう。アンコールワットは行かなくてもいいや。

お腹が減った。そういえば今日はW杯日本代表のポーランド戦だ。現地時間9時にキックオフ。まだ時間はあるから何かこってりした洋食が食べたい。陽気な太陽のマークが描かれた看板のピザ屋に入り、カルボナーラとパパイヤシェークを注文すると店員が聞いてくる。

「ア ユー ハッピー?」

もちろんじゃないか!俺は今日逮捕されずにタイ国境を通過してきたんだ。めちゃめちゃハッピーだよ。

「イエース オフ コース アイム ハッピー!ベリーベリーハッピー!マックスハッピー!」

店員に負けないくらいのブロークンイングリッシュで答える。たっぷりと黒胡椒が乗ったカルボナーラが運ばれてきた。美味い!すごく美味い!黒胡椒たっぷりな割には辛くないし、ボリュームも満足できる。オーストラリアでルームメートだったゆーやさんに作ってもらった時以来、1年ぶりのカルボナーラは特別にうまかった。

黒胡椒じゃないのかな?

 

 

タイ不法滞在のまとめ

Google先生と実体験から

・罰金額は不法滞在日数 × 500バーツ
・罰金の支払いは国境か空港のイミグレーションでのみ可能
・21日間以上の不法滞在は厳密には罪が重くなるが、旅行者にはほぼ適用されない
・不法滞在は自己申告することで軽くなることがある
・空港であれば賄賂を支払う必要がない(ぼくはカンボジア職員に支払ったが必要なかったかもしれない)
・在タイ日本大使館は不法滞在の相談には乗れないが、念のため連絡しておく方が良い
・国境にたどり着く前に何かあったらややこしいことになる可能性がある
・タイ人よりもカンボジア人の方が美形が多い

 

うっかり不法滞在中で不安なあなたがこの記事を読んで少しでも楽になってくれると嬉しいです。

 

タイでオーバーステイ(不法滞在)1ヶ月。でも罰金はバックれたい。タイ-カンボジア国境での闘い
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